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企業風土という魔物

企業の経営統合交渉の破談が相次いだ。キリンビールとサントリー、高島屋と阪神阪急百貨店がご破算になった。以前は三井化学と住友化学の合併が流れたことがあった。日本企業の統合は、なかなか難しいようだ。

同じ日本企業でも企業の生い立ちや経営者の方針などによって、独自の文化を持ち、経営のスタイルが異なる。キリンとサントリーの破談の直接的理由は統合比率やサントリーの株主の問題とされるが、それ以外にささやかれていたのが「企業風土の差」だ。高島屋と阪神阪急も体質の違いが指摘された。

例えば、企業によって経営理念から会議の名称や内容、人の呼び方、仕事の進め方までまちまちだ。自社のやり方に慣れた社員は他社のやり方に戸惑い、なかなか受け入れられないことが多い。

だが、グローバル競争や国内市場の縮小という厳しい状況で、一緒になることが一番大事と判断したにもかかわらず、企業風土の差で、その選択ができないとすれば、由々しきこととも思える。

日本はダイバーシティ(多様性のある)経営が難しい国ではないかと私は考えている。「人種のるつぼ」でないため、日本人同士がちょっとした差を受け入れられない面があることは否定できない。

企業ごとに風土が異なるのは当然だが、日本ではその差が必要以上に意識されていないだろうか。生き残りをかけた統合を展開してきたアメリカ人経営者から見たら、キリンとサントリーの差はほとんど感じないだろう。

 これからも日本企業はグローバル競争の荒波に立ち向かっていかなくてはならない。そんな時に日本企業同士がちょっとした差を乗り越えられないようでは、世界で戦えないのではないかと心配だ。


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本社スタッフの必要人員数

会社更生手続き中の日本航空はグループ全体の3分の1に当たる1万6000人超の人員削減を目指しているという。不採算路線からの撤退や関連会社の整理を実施するということだが、それにしても大幅な削減である。

人員削減は業績不振に陥った企業のリストラの常套(じょうとう)手段ではある。
だが、いつも不思議に思うのは、そういう事態を迎える前に、なぜもっと早く効率化を進めておかなかったのかということだ。また、3分の1もの人を減らすということは、ある意味では従来はしなくてもいい仕事をしていたということでもある。

私自身、東レで幾度も不採算事業や赤字会社の再建の仕事をしてきた。人員削減を経験してしみじみ思うのは、特に営業や広報・総務・経営企画といったスタッフ業務では、本当に会社に必要な仕事や人員は現実よりはよほど少なくても済むということである。

本社スタッフの人員について、さまざまな試算をして、あるべき水準が議論されることがある。しかし、客観的基準はほとんど存在しないと私は考えている。
それは経営トップの意志で決まるのであって、トップがその機能をどれだけ必要としているかなのだ。

東レグループのある会社などは本社スタッフを1年で3分の1にしてしまった。
だからといって、その後にその会社の経営が困ったわけではなかった。
スタッフ業務というのは、古い業務を切り捨てないまま、新たな業務を増やしていくといういわば自己増殖する癖を持っているからよほど気をつけなくてはならない。それにしても、残念ながらしなくてもいい仕事、あるいはそこまでしなくていい仕事に毎日励んでいるホワイトカラーのなんと多いことか。


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オチョアの引退

女子プロゴルフ世界ランキング1位で電撃的に引退を表明したメキシコのロレーナ・オチョアのニュースは、ゴルフ関係者のみならず、多くの人に衝撃を与えた。
彼女は'07年から3年間に渡り世界1位の座をキープしたばかりでなく、まだ28歳という若さで、まだまだその活躍を期待されていた。

彼女は昨年12月にメキシコの航空会社の幹部と結婚したが、相手は再婚で前妻との間に3人の子供がおり、今回の引退は家庭生活を優先させたためとされている。
これが男性のプロゴルファーだったらどうだろうか。子どもや妻のため、その仕事を捨てるだろうか。「男はそんなことはない、だから女性は・・・」などという中高年男性の声が聞こえてくるようだ。

会社で将来を期待され、社内随一の仕事振りであった女性が出産、育児の過程で辞めていくことをどう考えたらいいのだろう。
もちろん男性にも仕事か家族かといったことにまれに直面することはあるが、女性の場合の多くは現実的で深刻である。

男性には決して起こらない悩みであるが、「だから女性は・・・」ということではない。
ダイバーシティは雇用均等法のような男女を同一視する考え方ではなく差異は認めるという考え方である。

彼女は自分のゴルフでの生き様と家族の有り様とが大きく目の前に立ちはだかり、真剣に悩み最後に家族を選んだのだ。

ゴルフが嫌になったのではない。記者会見の涙は自分の志の一つをもう一つの志によって捨てざるを得なかった悔いの涙でもあったのではないかと私は感じた。
そのような選択をした人が自分の身近にいたらどれほど幸せな気持ちになるだろうか。
そしてそんな女性が子育てを終え再びゴルフ界に戻ったらテニスのクルム伊達のようにまた違った感動を与えるだろう。


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少子化は日本人が選んだこと

何故少子化が進むか
先日ある本を読んでいたら生みたい子どもの数は2.5人と30年前と殆ど変わらないのだそうだ。それなのに今や合計特殊出生率は1.26人で人口を維持するに必要な2.07を大幅に下回っており50年後には日本の人口は現在の1億2000万人から9000万人に減少するという。
なぜ子どもを生みたいと思っているのに生めないのだろう。
それは結婚以前の問題として結婚年齢の上昇と非婚の増加という構造問題があり、結婚してからの問題としては、子育て家庭の経済的苦しさと適切なサービスの欠如、加えて夫(あるいは職場)の理解や協力の不足などが原因と考えられる。
経済的苦しさの点では、民間の保育所に入れた場合、費用は保育料や保育ママへの支払いなどで月10万~20万円必要になる。認可保育所はずっと安くて済むのだがここが狭き門で入所できず待機している児童は、おおよそ50万~60万人と推定されている。
保育所に預けても夕方には子どもを迎えにいかなくてはならず仕事も十分にできないという保育サービスの未熟さが待っている。
加えて、依然として子育ては女性の仕事という観念があり、また職場の理解もいまひとつということで特に仕事を持つ女性にとって子育ては大変辛い仕事になっている。その結果、女性の7割が結婚・出産・育児を機に退社することになる。
保育所不足の問題など30年も前から存在しておりこんな基本的問題が未だに改善されていないなど信じられないがこの国がいかに子育てに無関心であり続けたかという証左であろう。
そういう意味では晩婚化・非婚化も含め、少子化は日本人が選んだことの結果と言える。

少子化が何故悪い
しかしながら政府が子育てより高齢者を大事にする施策を大きく変更することはあまり望めないし、職場の多忙さが競争力の源泉と考えている多くの民間企業の経営者が働き方を劇的に変える可能性も少なく、また男性サイドが子育てに積極的になるとも思えない。色々考えると日本の少子化の底流は根強くそう簡単には変わらないのではないか。
なぜ少子化によって人口が減るのが困るのか。産業界は市場が縮小したり、労働人口が減ると成長が見込めないと言うし、政治家や官僚は年金財政が破綻すると心配したりする。

本当にそうだろうか。世の中、企業は争って似たような新製品を作り、多くの宣伝をし、大量の生産物とサービスを世に供給している。ビールや飲料はどれを選んだらよいのか迷うほどの種類があり、街にはいたるところにコンビニやレストラン、美容室がある。タクシーは半分空車で走っている。日本は供給過剰社会で企業や事業所の2割や3割減ったとしてもそれほど困るとは思えないというのは暴論だろうか。

過去を振り返れと1955年からの15年間と1975年からの15年間の労働人口の伸び率はいずれも1%であったが、実質GDPはそれぞれ9.6%、4.6%であった。
技術革新などによる労働生産性が寄与したからで労働人口が増えないと経済成長ができないということでは必ずしもない。
それに人口が減ったら通勤ラッシュはなくなるし、不動産価格はきっと安くなり次の世代は住宅取得が楽になる。さらに環境問題にはプラスである。
もちろん高齢人口の増大による労働人口層の負担の増加や年金財政の悪化の問題は大きい。しかし日本人は歴史的背景の中でそういう道を選んでしまったのだ。それによって生ずる問題についてはまだまだ知恵を出していないし自らの知恵で克服していかねばならない。
人口減少の中で個々の生活者の本当の幸せを模索する中で、この国はゆっくりと違った方向へ変化していくような気がするのだが。


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日本の子育てはフランスに追いつけるか

フランスはどのようにして出生率を上げたか
欧米の出生率をみると1984年は日本、アメリカ、フランスともに1.84であった。
その後、日本は急激な階段を走り降りるように2005年の1.26まで出生率を下げていった。
それに対しフランスは1993年まで日本と同様下降線を辿るが、さまざまな少子化対策を打つなどして、ついに2006年度は1975年度と同じ2.0の出生率にまで回復させたのだ。
何がフランスをここまで変えたのだろうか。
その背景は3つほどあるようだ。
1つは、フランスは社会主義的な大きな政府が所得再分配政策をとっており低所得でも安心して子供を育てられること。
2つ目は職場での男女格差が小さく、女性が仕事か子育てかの二者択一を迫られることがないこと。
そして最後の3つ目は「週35時間労働」のように労働時間が短いため男女共に育児や家事に参加できるということである。

少子化対策についていうと1970年代に男女平等賃金法、雇用の性差別禁止法、育児休業法など働く女性に優しい法律を次々に策定していった。
また法定育児休暇は3年であるがこの育児休業法は子供が3歳になるまでフルタイムから全休業までいくつかの働き方を選択できる。
フランスでは子どもは3歳から保育学校(小学校就学前校)へ行くことができ授業料は無料なうえ保育学校での時間は8時半から16時半(18時まで延長可)までと親にとってはありがたい長時間である。
それになんといっても大きいのが税制のバックアップで所得税がN分N乗方式といって世帯収入を人数で割って税額を算出する。つまり子供が多ければ多いほど課税所得が少なくなり払う税金は本当にこれだけでいいのかというほどの低さである。
フランスの例を見て日本もそうした政策を打てば少子化を回避できるのではないかと考える人も多いと思う。しかしそれは疑問である。
その理由の1つは日本人の持つ家族観であり「稼ぐのは夫、家事育児は妻」という考え方は牢固として残っている。
これほど女性の社会進出が盛んになってもその傾向は容易に変わらないし子供が出来るとそれを育てる責任は常に女性サイドにある。

子育て支援を国民が本気で考えているのか
もうひとつは家族政策を進めるのに障害になっている国民の意識である。
私の出身地である秋田県の寺田知事は2007年に子育て新法の導入を打ち出した。これまで4%だった県民税に0.4%を上乗せして年間25億円を集めて県独自の子育て支援に使おうとするもので自治体として初めての試みとして注目を集めた。
県民へのアンケート結果ではこの支援策が秋田県の発展に繋がると考えた人が70%いたのは健全な結果である。それにもかかわらず、それでは新税を負担するつもりがあるかという問いには70%が反対したのである。
結局この法案は流れてしまうがこの結果に私は大きな衝撃を受けたし、またこのことは我々に大きな示唆を与える。
今日本国民に同じアンケートを取ったら同様な答えが出るだろう。
つまり現実の生活、目先の損得が長い目で見れば正しいであろう政策や理想を打ち破ることになるということだ。
日本国民は欧米に比し目先のことばかり追いかける意識の低い国民性なのか。私は決してそうは思わないがそのことを書くのは他の機会に譲りたい。


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「起きていることはすべて正しい」は正しくない

勝間和代さんの本が売れている。なんでも出版する本はすべて10万部を越え累積で200万部を越えたという。
彼女は19歳で公認会計士の資格を取り3つの外資系の会社を経験し今は経済評論家としてテレビに雑誌にしばしば登場し人気絶大である。
私も彼女の本を何冊か読んだが彼女の考え方生き方に共感するところが多い。しかし、違和感を覚えるところがいくつかある。
そのうちのひとつは「起きていることはすべて正しい」という彼女の主張(このタイトルの本を出している)である。
この考え方はこの世のことはまあいろいろあるが、起きていることはその人の能力や努力の結果であるから、いわば起こるべくして起きたことでそれはすべて正しいことだというのだ。
しかし本当にそうだろうか。
私は自閉症の長男と肝硬変とうつ病を患った妻のため必死で仕事と家族の両立を図ってきて、どちらもかろうじてそこそこの結果を出したが、それはたまたま幸運に恵まれていたからではないかと感じている。
私の妻は一歩間違えば死んでいた(3回目の自殺は普通なら死んでいたのだがたまたま娘が見つけて助かった)し、忙しい部署からの異動がなければ、妻のうつ病は回復しなかったかもしれない。
そうであれば私の人生は挫折の一語であって、本を出版したりテレビに出たりすることもなく「ワークライフバランスのモデルケース」などと言われることもなかっただろう。
私が経験したことはたまたま起こったことで、人生ある意味では成功も失敗も紙一重のところにあるのではないか。

よしもとばななさんは私の本を読んで「佐々木さんにとっては愛とはひたすら責任をとることであった」と自分のブログに書いていた。そういう見方もあるのかなと感心した。
人は誰でもが家族や仕事に対し責任を果たしたいと思っているし、懸命にその努力もしている。また人は自分の境遇を嘆きながらも強く生きたいとも思っている。
そして壁にぶつかりもがき、苦しみ、愛し、喜び、悲しみ、疲れていく。
私自身もそうであった。しかし、全力で頑張っても多くの場合なかなか満足するような結果に繋がらないことが多いのだ。
「私は仕事も家族も決してあきらめない」といいながら、さまざまな場面でほとんどあきらめかけたことがあったし、少し間違えば我が家は家族崩壊の道をたどっていただろう。
さまざまな人の支援や家族の助け合い、そしていろいろな偶然で図らずも私の家族はなんとか再生しつつある。

勝間さんは「起きていることはすべて正しい」という。しかし私には到底そうは思えない。
勝間さんのような特別優れた人で華麗に成功した人が一般の人に向かって、「起きていることはすべて正しい」と言うのは少し言い過ぎのような気がする。
水泳の北島康介や野球のイチローならともかく、例えば自分の会社の社長や役員になった人など、なるべくしてなった人など多くはいない。
そのことを目指しながら、しかもそこそこの能力もありそれなりの努力もしながら結果が出ない人がどれだけたくさんいることか。
それぞれの人生はもちろん努力や意欲で掴み取っていかねばならないのだろうが、多くの場合、そばにどんな人がいたか、そのとき同時になにが起こったかなどさまざまな運、不運も大きく影響していると思う。私は人生というものに自分自身以外の大きな力を感じている。


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一歩先行の行動を


「早寝・早起き・朝ごはん」 何でも一歩先に行動を
私には、昔から早寝早起きの習慣があるが、妻が急性肝炎で3年ほど入院したときにこの習慣がほぼ確定した。なにしろ、小さな子ども3人の世話を私ひとりですべて担わなければならなくなったのだから...。
起床は早朝5時半。家族の朝ごはんと弁当を作ってから出勤する。8時に出社し、課長職だったので課員が出てくる9時までの間に、一日の自分と課員の仕事の計画と分担を決め、お昼までに一日の半分の業務をこなすつもりでダッシュ。夕方6時に退社する。帰宅してからは、夕食を作り、子どもをお風呂に入れ、宿題や翌日の準備をさせ、寝かしつけ、その後で持ち帰った仕事をするという目の回るような忙しさだった。そして、朝が早いので、私も11時少し前には寝た。
しかし、朝早く起きるといいことがたくさんある。
朝7時前には家を出るので、通勤の電車ではゆっくりと座れるし、新聞を読んだあとに、若干の仕事をすることができる。
8時に出社すると、9時過ぎまで誰にも邪魔されず、仕事に没頭することができる。
皆が出社してくる前に、その日一日のさまざまなことを想定して先手で仕事の準備ができるということである。

昼食は12時10分前に向かう
昼食も"一歩先"を励行している。
私は必ず12時10分前には部下を誘って会社を出ることにしている。12時前ならば、どの店も空いているしお店のほうも「今か今か」と客を待っている状態なので、オーダーすればすぐ目の前に食事が出てくる。食事中は、その日のニュースやスポーツの話するが、昨日の会議の結果なども伝える。いわば簡単なランチミーティングができるのだ。
食事が終わって席に戻るのが12時15分頃。
その結果、私は昼休みが終わるまでの45分間を仕事時間として活用できる。
12時になってから昼食に出るとこうはいかない。まず、エレベーターがなかなか来ない。全社員が一斉に昼食に向かうのだから当然である。行ったお店も混んでいて、すぐには座ることができず、やっと食べ終わって会社に戻るともう1時近い...。
人は昼食を毎日摂る。毎日毎日同じことの繰り返しなのに、なぜ12時のチャイムが鳴った後で出かけるという、そんな愚かなことを続けるのか私には理解できない。少し早く行動することで30分以上も時間を稼ぐことができるのに。
私は、夕方6時頃に会社を出るが、朝8時から9時の朝の能率の良い1時間と昼休みの45分間、合わせて約2時間は他の人より多く仕事をすることができる。言ってみれば、夜8時まで残業しているのと同じことなのだ。そして、この習慣を20年以上も続けているのだから、そうでない人よりも何千時間も得をしてきたことになる。
早起きするかしないかは、その人の体質とも相談しなくてはならないことで、すべての人に当てはまるわけではない。しかし、早く起きるといいことが多い。


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最初に仕事の「鳥瞰図」を描く


全体構想を描き出す
私が、中期計画や設備投資の発案書を策定するときに、いつも実行していた「全体構想図」をご紹介する。
このような大きなプロジェクトの企画書を作成するとき、私はA3の大きな紙を用意する。そして、4つのスペースに区分して、それぞれのスペースに資料1ページ分の情報を書き出す。資料の縮小版4ページ分を1枚の紙に貼り付けるようなイメージである。
例えば、設備投資の発案書ならスペース(1)に「本投資計画の狙い」「投資効果」、スペース(2)に「事業の環境認識」「競争他社との比較、当社の強み弱み」、スペース(3)に「設備投資の概要」、スペース(4)に「生産・販売計画」といった具合に、4ページ分を一枚の紙に書き出すわけである。
このようにすると、全体で6〜8ページで構成される資料が、A3用紙2枚にすべて入ることになる。こうすることによって、いわば鳥瞰図ができ上がって、実に見晴らしがよく、全体のストーリーが適切かどうかがよくわかってくるのだ。
それぞれのスペースに大まかな項目とキーワード、あるいは簡潔な文章を書き入れることによって、他の人が読んでも内容がわかるようにしておくと便利である。
それができ上がると、そのコンパクトな資料を使って、過去の優れた発案書や企画書と比較したり、検討チームのメンバーとディスカッションをしながら、全体構成を決定していくと効率的に仕事を進めることができる。
ついでに言うと、別添資料を付けるのであれば、何を資料として添付するかを作業に入る前に決めておくことをお奨めする。
たとえば、

1 本製品の世界および日本の市場規模とマーケットシェア
2 本製品の売上高・利益の実績と計画 損益分岐点
3 競争企業との比較
4 本投資計画の不安要因

という添付資料をあらかじめ決めてしまう。

あとは分担とスケジュール
このようなスケルトンができ上がったら、あとは分担とスケジュール(デッドライン)を決めたらよいだけなので、作業が効率的に進むし、チーム全員が情報を共有できるというメリットも生まれる。
このような作業をするときに多くのムダが発生する原因は、「最終の姿」を決めずに、「あれもこれも」と場当たり的に資料を作成していってしまうことにある。その結果、繋いでみたら全体として整合性のない資料になってしまうことが多い。それで作り直しなどということになったら、目も当てられない。
あるいは、資料が多すぎるということで、せっかく作ったペーパーを削除してしまったりすることもある。結局、その資料をつくる作業がムダだったということになってしまう。
資料づくりは全体構想を描いてから進める計画的であることが望ましい。


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長時間労働は「想像力」「プロ意識」「羞恥心」の欠如


私は、ムダな残業、休日出勤をやめさせるために、部下に次のようなメッセージを送ったことがある。

残業・休出問題について

佐々木

弊社の 一部の社員の時間外労働時間は、月40〜70時間を数える。シンクタンクの仕事は長時間労働になりがちであること、また残業の効用は十分認めるとしても、以下を読んで仕事に対するスタンスを改めて欲しい。
  1. 労働基準法36条に規定されているいわゆる36協定で、残業は月45時間を越えてはならない。それを超えるにはそれ相応の理由と手続きがいる。再建会社でもない現在の当社にはそれほどの長時間労働をしなくてはならない事情はない。労働に対する世の基準(法の遵守)に逆らう常識の欠如を感ずる。
  2. 仕事はコストと成果のバランスが常に求められる。生ずる成果に比べ多くのコストを投入する採算意識、バランス感覚の欠如を感ずる。
  3. 会社はプロの社員を求めているがプロとは、限られた時間の中で、いかに効率良く成果を出すかである。そのために事前の周到に考え抜かれた作業プログラムと最短コースで仕事を完遂させる能力が、日々試されている。 成り行きにまかせ、ただやみくもに時間をかけるのは プロのやることではない。
  4. 多くの残業を続ける結果、自分の健康を損ねたり、大切な家族とのコミュニケーション不足というマイナスが生ずるリスクを考えないことに想像力の欠如を感ずる。
  5. また、仕事以外の活動が、どれほどその人の人格形成に役立ち、幅広い仕事に繋がるはずなのに、そのことに目を向けない向上心の欠落もみられる。
  6. 自分で時間外の時間を記入し、上司に申請するということは、自ら所定の時間内では仕事ができないということを毎月表明していることであり、そこに羞恥心の欠如をみる。
  7. そのような部下を目の前にしながら、注意もせず、仕事の指導もせず、相談にも乗らない管理職に、責任意識の希薄さを感ずる。また、同じ会社の中で、同じグループの中で、残業の多い人と、ほとんどない人が存在するのは仕事の配分が間違っており、マネジメント不足である。
当社はこれから大きな飛躍に向かって、総力を結集し、一人一人が今まで以上に生産性を向上させねばならない。 今一度、仕事のプライオリティの設定と効率化を図ることを期待したい。


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なぜ長時間労働をするのか


残業理由の分析
先日 厚生労働省のHPを見ていたら残業理由の調査結果がのっていた。残業理由別にデータが並んでいて 一番多いのが「そもそも所定労働時間内では片づかない仕事量だから」(業務量が多い)で60%の人が回答していた。次いで多いのが「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」(自分の仕事)という理由で42%、第3位は「仕事の性格上 所定外でないと出来ない仕事があるから」(仕事の性格)で36%、と続く これらの理由はどちらかといえば、会社や仕事の状況から残業せざるを得ないという理由である。

一方「残業手当や休日手当を増やしたいから」は4%で「定時で帰るより働いている方が楽しいから」は1%しかないことから「自分の都合で残業する人は 会社や仕事の都合で残業する人よりかなり少ない」と結論づけていた。

これらについて私の考えは以下の通りである。
まず「業務量が多い」が圧倒的に多い回答だが、業務量が多ければ減らせばいいのである。何度も言うが「仕事のタイムマネジメントと言うのは 最も重要なことは何かを正しく掴むこと」である。
「その人のプライオリティの高い順番に抱えている仕事の20%を遂行すれば、その人の全体の仕事量の80%に到達する(仕事のパレートの法則)」つまり業務量が多ければ 重要度の低い仕事を捨てることだ。
次に多い回答が「自分の仕事をきちんと仕上げたい」と言うことだが、そういう人には「きちんと仕上げなくて良い」というのが答えである。
会社にはつまらない仕事でもやらねばならない業務が多い。
その場合業務の達成度 (完成度) を低くして短時間で済ませることが大事である。
自分の仕事の見栄のために残業するなど会社にとっては迷惑千万である。「無駄なことをしないでとっとと帰ってくれ」と言いたいところだ。

この報告書の誤り
それからこの報告書の結論には大きな誤りがある。
それは残業手当を理由にした人は4%、家に帰るより会社にいる方が楽しいからは1%であるから「自分の都合で残業する人はほとんどいない」としていることだ。
私が課長になったとき、課員全員に原則残業禁止を言い渡したときの最大の抵抗勢力は部下であった。
その理由は3つある。
1つは「こんなに重要な仕事をしているのにそれを止めて帰れと言うのですか」ということ、2つ目はそれまで私の課の平均残業時間は50時間を越えていたため残業代が巨額でそれが彼らの生活設計になっていた。残業手当のことは皆口には出さないが残業する大きな理由だった。そして3つ目は「家に早く帰ってもする事がないから」である。
1つ目の理由は「私は課長として今、君がしている仕事は重要だと思っていないのでやめて帰りなさい」で終る問題であり、この点については部下の自主性などに任せず、管理職は毅然としてその権限を行使しなくてはならない。
2つ目の残業手当についてこの調査では「わずか4%としかないから主たる理由にはならない 」としたこの調査責任者の感受性のなさは驚くべきことだ。だれしもこのような調査に対し残業手当が理由です などと書くわけがない。
その組織全体の業務について責任を持っている管理職ならいざ知らず、残業しても残業代を払わないといわれて残って仕事をする若い担当者はほとんどいまい。
そして極めて大きな問題は3つ目の「家に帰ってもする事がない」と考える特に男性社員の人生観、生活態度である。
つまり彼らは ほとんど家庭や家族にコミットしていないのだ。
即ち「私 仕事してお金稼ぐ人、妻 家事育児をする人」というような考えを持っている人であり、そんな人は早く帰って家事や育児をしようなどとはじめから思っていない。
そういう意味で たしかに「定時で帰るより働いている方が楽しいから」ということには当たらないが「定時で帰ってもやる事もないから会社にいる」ということであってそれはとりもなおさず「働いているほうがよいから」という意味で「自分のためにしている」ということになる。こういう人間は会社にとって実に迷惑な存在であり定時に帰すよう あの手この手で追い出さねばならない。


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