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原子力発電を考える

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先週、テレビでマイケル・サンデル教授の「特別講演 大震災後の世界をどう生きるか」を見た。
日米中の若者を中心にそれぞれ10名ほどづつとサンデル教授が議論をしていった。
その中で「これから原子力発電とどう向き合うのか」という話になったとき「原子力とは決別すべきか」という問いに日本人は約半数賛成したのに対しアメリカの若者は全員反対、すなわち原子力は必要だと答えた。
日本人は毎日のように福島原発の悲惨な映像を見せつけられているしどうしても否定的になってしまうのだろう。
原子力を利用せざるを得ないと答えた人の中ではその理由としてかつて車も飛行機も危険であったが人間の知恵でその危険性を排除し上手く利用できるようになっていまや飛行機が不要という人はいなくなった。原子力もそのようにその危険性を克服すべきだ、と言う。
この議論にはやや飛躍はあるが、たしかに欧米日はともかく新興国を中心にエネルギー消費がますます増大していく中で石油や天然ガスだけでカバーしていくとなると莫大な資源を使うことになるしCo2の排出も大きくなろう。
事実、中国もインドもそれぞれ8基、6基の原発を増設中であり今回のフクシマがあってもストップしないだろう。
日本で原発と決別するといってもこれから増設するものはストップできてもすでに54基の設備を持ち全発電量の4分の1を占める原発とはおいそれと決別するわけにはいかない。
それと今後を考えるとエネルギー不足に国民が耐えられるのか、あるいはエネルギーのコスト高に耐えたれるのか、課題は多い。
今回の大災害の悲惨な結果は自然が私たちの暮らし方の根本に反省を迫っているし私たちの文明のあり方を問い直しているともいえる。
ある意味自然は私たちに何かを語りかけている。何かとはもっとエネルギーをという飽くなき欲望への警告でもあろう。

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