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管理職の心構え
 
(その16)セオリーにこだわらない

2021.8.1

人から学ばずして、一人前のビジネスマンになることはできません。
誰もが最初は新人です。もちろん経営の本を読んだり有名な人の高説を聞いたりすることは大事ですが、先輩や上司から手ほどきを受け、自ら経験をしつつ仕事というものを一つ一つ学んでいきます。
勉強熱心は結構なことですが、経営の「セオリー」をせっせと学び、知識を得ることに価値があると勘違いしてはいけません。
セオリーはわかりやすくスマートですが、そのまま現実のビジネスに当てはめると、間違った結果を招く恐れがあります。

経営のセオリーといわれるものがいくつかあります。
一つは「選択と集中」をすべきというセオリーです。
軽くて強い素材として、いま活況を浴びている炭素繊維は、今や私のいた東レの中核事業です。
しかし、この炭素繊維事業は長い間、赤字が続いていました。他社も同様で大きな赤字のため欧米の会社ほぼすべてこの事業から撤退しました。
東レでも幾度も開発中止の議論がなされました。
しかし、この技術開発に携わっていた技術陣と経営陣は、この素材は必ず将来ものになるという期待と執念をもっていました。
決して揺るがない彼らの信念が、品質改良とコストダウンに成功し釣り竿やテニスのラケットといった需要量の少ないものから、航空機・自動車・一般産業用へとその適用用途を広げていき今や会社の収益を支える事業になったのです。
もしも、「選択と集中」といった一般的な経営のセオリーのもとに赤字事業である炭素繊維事業を切り捨てていたら、そうはならなかったでしょう。

もう一つのセオリーとして、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)という「市場成長性と市場占有率」から事業のタイプを規定し、経営資源の配分を決めるべきという経営理論があります。
しかし実際のところ、当事者として日々ヒリヒリするような決断を下している立場の人間が、PPMといった理論のみによって経営の方向を決めるものではありません。

これからの時代はプロダクトアウトではなくマーケットインだというセオリーもあります。
しかし私のいた会社は生産財(素材)を製造している会社でありそういう会社はプロダクトアウトが一番いい。自社の技術をベースに独自に開発した製品が販売できることは極めて有利です。
マーケットインだと言われても花王のようにリンスやシャンプーを売っている消費財の会社ならマーケットリサーチをしたら消費者ニーズが掴めるかも知れませんが、生産財についてはマーケットが教えてくれることは少ないのです。製品を出してからそんなものが欲しかったということが多いのです。
ビジネスとは、市場のおかれた状況、自社の保有する技術レベル、生産財か消費財か、経営者及び担当するスタッフの士気、競争相手の強弱などさまざまに複雑な要因が絡みあう「生きもの」なのです。




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