1. リーダーとは勇気と希望を与えてくれる人
最後に何回かに分けて私が考える「リーダー論」を記してみたい。
昨今、リーダー不在の時代とよく言われる。
たしかに、世の中を見渡すと、「本物のリーダー」といえるような人物は数えるほどしか見当たらない。
政治のリーダーである首相は毎年のようにめまぐるしく交代する。小泉氏が少し長く首相の座にいたが、その後は1年程度で次々と変わっていった。しかも、多くは一国の首相とも思えぬ「言葉の軽さ」や整合性なき行動に落胆させられたものだ。一度でも、己の信念を貫く執念に心を打たれるような場面があっただろうか。
これは何も、政治家に限ったことではない。経済界にあっても、数千人、数万人のトップとは思えぬ社長が続出している。不祥事を起こしたり、企業運営の不手際をさらけだす例があとをたたず、その度に保身に汲々とする姿に幾度、失望させられたことか。
現代は、「本物のリーダー」が強く求められる時代である。だからこそ、メディアはさかんに「リーダー不在」を問題にするし、私もそのことには頷かざるをえない。
ただ、私は、リーダーの立場にある人の非をあげつらったり、したり顔で「リーダー不在」を嘆く論調にはくみしない。
もちろん、権力者に対して健全な批判を加えることは重要である。しかし、リーダーシップとは、権力者や組織のトップにのみ存在するものではない。いや、本来、リーダーシップの有無は、権力の有無とは関係のないことで、私たち一人ひとりが、その”持ち場”において発揮するものなのだと私は考えている。
私はこのコラムで主として組織の責任者となって活躍したリーダーを紹介してきた。しかしそれは一般の人ならよく知っている人物でわかりやすいからそうしただけである。
私のリーダーの定義は「勇気と希望を与えてくれる人」である。
政治家や社長が、必ずしもリーダーというわけではない。課長であろうが、新入社員であろうが、派遣社員であろうが、主婦であろうが、障がい者であろうが、リーダーシップを発揮している人はいる。
どんなところにも勇気と希望を与えてくれる人はいるし、そういう意味では誰でもリーダーになれる。これが私のリーダー論だ。そして、リーダーシップを発揮できるかどうかは、ひとえにその人が「どう生きるか」にかかっていると考える。
リーダーシップとは「目に見えないもの、計測できないもの」であり、「成長しよう」「貢献しよう」という人には必ずリーダーシップが存在するものだ。
そもそも、その人がリーダーであるかどうかを決めるのは本人ではない。周りの人がそう認めたり、感じたりしたときにはじめてリーダーたりうるのだ。
「自分を高めたい」「世のため人のために貢献したい」といった成長しようという志と、何ものかに献身しようとする姿が周りの人の共感を呼び、その人たちが力を貸したい、力になりたいと思ったとき、はじめて私たちはリーダーシップを発揮することができる。
リーダーシップは生来のものに由来するという考えもある。
しかし、私はリーダーシップとは「生き方」によって生まれ、「磨かれ育っていく」ものだと考える。
ただし、リーダーシップに「ノウハウ」はない。リーダーとは「どうやるか」という問題ではなく、「どうあるか」という問題である。結局のところ、リーダーシップとは「生き方」そのものであり、自ら掴み取っていくとしか言いようのないものなのだ。
2. リーダーは志に従うものである
日本理化学工業は、知的障がい者の雇用割合が7割(社員76人)を超えるチョーク製造会社である。『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司・著、あさ出版)で紹介されたことで一躍脚光を集めた奇跡とも言うべき会社である。
その会社の大山会長と対談する機会があった。その時「私は、これまでの人生を導かれるように生きてきました」と話されたが、この言葉はリーダーシップの本質のような気がした。
実は、大山さんははじめから知的障がい者雇用に理解のある方ではなかった。養護学校の先生に頼まれて二人の知的障がいの女の子を臨時に雇ったことがあり、そのとき一生懸命働く姿に社員から続けて雇って欲しいという進言もあってやむを得ず雇用したのだった。
知的障がい者二人は一言も口をきかず、無心で仕事に励んだ。お昼休みのベルが鳴っても手を止めようとせず、「もう、お昼休みだよ」と肩をたたいてやっと気づくほど働くことに熱心だったという。
あるときお寺の住職に「施設でのんびりしていたら楽なのにどうしてこんなに働くのでしょうか」と聞いたという。そのご住職はこう答えたのだ。
「人間の幸せは、ものやお金ではありません。人間の究極の幸せは次の四つです。人に愛されること、 人にほめられること、 人の役にたつこと、 そして、人から必要とされること。
愛されること以外の三つの幸せは、働くことによって得られます」
大山さんはその時、障がいをもつ人たちが働こうとするのは、本当の幸せを求める人間の証なのだということがわかったと言われた。
そして、この幸せは家や施設で保護されているだけでは感じることはできない。だから
「なんとしても、彼女たちが握り締めている幸せを守らなければならない」という強い決意がわきあがったという。
私は、そのとき大山さんは「志」と出会い、リーダーになったのだと思う。
知的障がい者に会社の「戦力」になってもらうのは並大抵のことではなかったが、工夫に工夫を重ねて健常者と変わらぬ戦力にしていった。
では、何が、大山さんを「本物のリーダー」にしたのだろうか?
従業員の言葉に耳を傾ける謙虚さ、障がい者にも作業できる手法を考える粘り強さ、創意工夫を重ねる努力……。いくつもの要因を指摘することはできる。
しかしそれより「知的障害者に雇用の場を提供したい」という「志」に導かれるようにしたからリーダーになったのだと感じる。
私がコラムで取り上げた元経団連会長の土光敏夫、戦前の卓越した政治家の広田弘毅や浜口雄幸、武士道を大切にし実践した渋沢栄一や新渡戸稲造は、それぞれ「無私の志」を持ったが故に強力なリーダーシップを発揮し歴史的業績を残した。
西郷隆盛は人の生きる目的は「道を行うこと」だから「心を無にして先入観を捨て誠意を持ってことに当たろう、天は人も我も同じように愛する。それなら自分も同じように人を愛そう。自分は天によって生かされている」と考え「敬天愛人」の思想を貫いた。
マザー・テレサは「憎しみのあるところに愛を、悲しみのあるところに喜びを、絶望には希望を、理解されることより理解することを、愛されることより愛することを」といつも唱えていたが、これもまた「無私」の思想である。
そのような「無私」という「志」に従うリーダーにはどのような時代でもどんな状況でも、人は付いていく。
老子にこんな言葉がある。導く者は、従う者である――。
導く者、すなわちリーダーとは、「志」に従う者なのだ。
3. リーダーは小異を超える人間になれ。
明治維新によって日本近代史は急展開していくが、この一大ドラマの最大のヤマ場は江戸城の無血開城であった。もしこのとき、薩長率いる官軍と幕府軍の両軍が戦っていたら、その犠牲は計り知れないものがあっただろう。
その立役者は勝海舟と西郷隆盛であるが、勝の大所高所に立った提案を西郷が受け入れたのだ。
その後の日本の歩みを速めた二人の大英断であり、歴史に残るリーダーシップである。
リーダーたるもの、小事で争ってはならない。国や組織を二分するような対立にくみするのではなく、より高い目標を明示し大同団結を促す存在でなければならない。
戦国一の知将かつ謀将といわれた毛利元就は無益な戦いを避け、利害関係者の協働に努めたし、明治維新の礎を築いた坂本龍馬は、根深い薩摩・長州の対立を超え同盟を成功させ新しい時代を加速させた。
戦略とは「戦いを略す」ことなのだ。
現代でもビジネスの最前線でグローバル化著しい世界において、経営のリーダにはますます「小異」を超える器量が試されている。
しかし例えば、企業合併が、時にご破算になってしまう実情をみれば、そうしたことがかなり難しいことがわかる。
近年、何度か企業の大型合併の動きはあるものの、進めていくうちに、お互いの企業風土の相違が大きく結局成就できないというケースがみられた。
小異を捨てるということは難しい。たとえば、熊本の人に「九州の人はね」と言うと、「いや、佐賀と熊本は全然違います」と言う。しかし、実際にはそれほど差があるようには思えない。それと同じで、日本人は企業風土の違いをことさらに意識するが、海外の人からみたら、日本の企業などそれほど違うようにはみえないのに。
おそらく、その背景には日本が均質性の高いモノカルチャーの国であるという事情があるのだろう。均質性が高いだけに「小異」がことさらに「大きな差」に見えてしまうのだ。
大きなことを成すべきリーダーは、「小異」を越える懐の深さをもたなければならない。
それともう一つ大事なことは相手を変えようと思うなということである。
おそらく、これも日本が均質性が高い国であることと関連があるが、日本人は強い「同化圧力」をもっているように思える。合併交渉においても、優位に立ったものが相手の風土も手法も根こそぎ変えようとしてしまうのだ。
日産とルノーの提携の話は興味深い。
日産は業績が悪化したときルノーと提携する道を選んだ。
両社のグローバル・アライアンス合意文書には「互いの相違点を認識して、その価値を認め合うこと」という基本方針があった。
「大事なことは自社の文化を維持しながら同時に相手の文化を理解し、それに適応していくことだ。私たちが合意したのは、あくまでも2つの会社、2つのアイデンティティを認め、それを尊重し合った上で提携することだった」とのコメントもあった。
このときルノーは日産も改革にカルロス・ゴーンをリーダーに起用したことが成功した大きな要因だが、ゴーンが、第一陣としてルノーから連れていった部下はわずか17人であった。
ゴーンはこの部下たちに「日産を変えようなどと思うな。我々は日産を立て直す手助けをする。それに尽きる」と言ったという。そして実際には日産の社員の手で見事に経営を立て直した。
私たちは、こうしたことに学ばなければならない。相手を変えようとしてはならない。小異を認めて、お互いを生かす方法を考えるべきだ。
それが、明日を切り拓くリーダーの発想であろう。
4. リーダーとは正しいことを成す人
2011年3月11日東日本大震災が東京電力福島第1原発を襲い、未曾有の被害が発生した。
たしかに原発というものは、電力会社が好き好んで始めたものではなく、国家のエネルギー源の柱にするという国家戦略として推進されてきたプロジェクトである。そのため、電力会社は、その立地や安全対策については国の指導を受けながら実行してきたのであり、今回の事故については東京電力より国により重い責任がある。
しかし、仮にそうであったとしても、あくまで電力会社は独立したガバナンスをもつ民間企業でもある。自らの意志と責任によって、人命・安全を最優先に考え、あらゆる事態を想定して原発事業を遂行すべきであった。
会社が競争に勝ち、利益を上げることが企業の目的ではない。利益とは、あくまでも企業が生きていくための条件に過ぎない。
企業の目的は社会のよき構成員として顧客のために社員のため株主のため―即ち世のため人のために貢献することである。もしそうでなければ企業は存続できないというリスクを持つ。
雪印は安全性を欠いた商品を製造し集団食中毒事件を起こし、カネボウは巨額の粉飾決算を行い、その咎めのゆえに崩壊にまで至ってしまった。
これからのビジネスリーダーは、企業活動の中に揺るぎなき倫理観を確立させねばならない。
私たちに大きな教訓を与えてくれるのが、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の「タイレノール毒物混入事件」である。
米国の国民薬といっていいほど普及していた解熱鎮痛薬、タイレノールで1982年に毒物混入による死亡事件が起こった時、製造元のジョンソン&ジョンソン(J&J)はただちにテレビや新聞で情報を公開した。経営トップ自らが「タイレノールを飲まないように」と呼びかけ、全米の店舗からタイレノール約3100万個を回収した。
広報及び回収の費用は約1億?(当時の為替レートで200億円超)にも上ったとされる。だが、J&Jの経営者会議では、多額の資金を投じることに、誰からの反対もなかったしこの決定をわずか一日でしている。
「消費者の命を守る」という経営理念(我が信条 Our Credo)を全員が共有し、素早い決断を下したのだ。この素早い英断によりJ&Jは社会の圧倒的支持を受け、信頼を勝ち得て、次の飛躍に繋がったという。
どの会社にも「我が信条」に類する経営理念や倫理規定は存在するがその理念に命が吹き込まれているか否かが、最大のポイントなのだ。
J&Jでは「我が信条」に命が吹き込まれていた。
これを起草したのはジェームズ・ウッド・ジョンソンJr.であるが彼はあらゆる経営活動の中に、何をすることが正しいことなのかを規定し実践し社内に浸透させていった。
そうした魂の入った総集編がこの「わが信条」であり、ジェームスの卓越したリーダーシップであった。
誰にでも、「倫理」について語ることはできるが、そこに「命」を込めることができるのは、それを実践する者だけである。そして、それができる者のことを「リーダー」と呼ぶのである。
土光敏夫には常に誰も真似のできない「無私の思想」があった。渋沢栄一は「経営の本質は責任である」とし「経済活動は武士道に通じる。何事にも誠実勤勉でなければならない」とした。
ドラッカーとハラルド・ジェニーンは「経営の本質は真摯さである」という。
新渡戸稲造は「第一義はあること(to bee)であってなすことは(to do)第二義」つまり「優れたリーダーは正しいことをする人で優れたマネージャーは「決められたことを正しく遂行する人」と表現し、またスティーブン・コヴィーは「リーダーは優れた人格を持つこと」と述べている。
人間や人生に深い洞察力を持つひとかどの人物はみな一様にリーダーには「高い倫理観」が必要だと述べていることは興味深いし正鵠を得ている。
目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人
23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ
24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない
佐々木のリーダー論
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