新渡戸稲造は1862年(文久2年)岩手県盛岡市に盛岡藩士の新渡戸十次郎の三男として生まれた。
札幌農学校に入学し、その後、東京帝大に入学するが、入学試験の面接で「太平洋の橋となりたい」と述べたというから若いころから志を高く持った青年だったようだ。
その夢を実現するためにアメリカに留学、ジョンズ・ポプキン大学に入る。
敬虔なクリスチャンとなったが、クエーカー教徒たちとの親交を通してメアリー・エルキントンと知り合い結婚する。
カリフォルニアにいたとき1900年、名著「武士道」を発刊し、新興国日本の真の姿を紹介する本としてベストセラーとなり、セオドア・ルーズベルト大統領ら世界中に大きな反響を起こした。
私は著書や講演を通じて、人生や仕事を乗り切るためのメッセージを送っており、そんな私を、「ビジネスマンのメンターおじさん」と呼ぶ人もいるが、さしずめ新渡戸は「百年前の日本の偉大なメンターおじさん」と言ってもいいところがある。
つまり、新渡戸は「修養」や「人生読本」など優れた自己啓発の著書を残しているが、これらの本を読んだ私の率直な感想は、「これは新渡戸による、リーダーとなるための優れた指南書である」ということだった。
その思想には、百年という時を超えて、大いに共鳴を覚え、かつ心に染み渡るものがあり、今回は新渡戸のリーダー論を紹介したい。
新渡戸は「自己の成長と、世でいういわゆる成功とは、稀には合致するが、多くの場合は相いれない。なぜなら、立身出世の標準は外部に求められるが、自己の成長は各自の内部の経験に基づくからである」という。
組織の長だからといってリーダーというわけではない。
新渡戸は「成功者になることが自己の成長ではない」という。
組織のリーダーというのは、外部で成功した人であり、その物差しは外部にあるが、実際に尊敬される人、リーダーになるべき人の物差しは内部にある。だから自分自身の内面を高めていくことが大切だという。
マズローは、その欲求の五段階説で「人は、自己実現のために働く」と規定している。しかし、私はその自己実現のもう一段上に「人は自分を磨くために働く」ということがあると考えている。
新渡戸も人が働くというのは、信頼されるように仕事をきちんとしたり、仕事を通じて自分を磨いたりすることで人から愛されたり、尊敬されたりするためである。そういうことを通じてリーダーになっていくという。
それは必ずしも出世と言った形に表れることではないのだ。
新渡戸はまた、「第一義は『あること(to be)』であって『なすこと(to do)』は第二義」とも言っている。
優れたリーダーは、「正しいことをする人」であり、優れたマネジャーとは、「決められたことを正しく遂行する人」である。ここでいう「正しいこと」とは、人間としてあるべき姿といってもいいことで、それは世のため人のために、即ち何かに貢献するために行動することである。
欧州では「ノブレス・オブリュージュ」と言って「社会的地位のある人には責任が伴う あるいは義務がある」という言葉があるが、この考え方に近い。
新渡戸の言葉にある「to be」とは「正しいことをする優れたリーダー」のことで、「to do」とは「正しいこと、いわれたことをきちんと遂行する人、すなわち優れたマネジャー」のことである。
リーダー(to be)のほうが上位にあるのは、いうまでもない。
リーダーには常に自己の成長と何かに貢献するという人間のあるべき姿を追求する「高い志」が大切なのだ。
新渡戸は「自己の発展とは、自己の内部の善性を高め、悪性を矯正することである」と言う。
人はなるべく自己のいいところを見つけて、それを強化し悪いところはなるべく抑えるべきだということである。
どんなに立派な人でも、悪い面、弱い面を持っているが、そういった悪性を目立たせないようにして、自分の長所を伸ばしていくことで自分全体を大きく成長させる。
新渡戸は「自己発展にあたっては、まず、自己とは何かを解明することが重要である」としている。
老子の言葉に「知人者智、自知者明(人を知る者は智なり、自らを知る者は明なり)」というものがある。
これは、「ある程度の知性があれば、他人を洞察することはできる。だが、自らを知ることができるというのは、より深い洞察力を持った本当に聡明な人である」ということ。
元東京地検特捜部検事で弁護士の堀田力さんが面白いことをいっている。
「普通の人間は、自分の能力に関しては40%のインフレで考え、他人の能力に関しては40%のデフレで考える」
これはすなわち、自分を過大評価して、他人を過小評価するということ。
なぜ、自分を過大評価するかというと、他人の成果はことの結果だけを見るのに対して、自分のことは言い訳ができるからである。
「これができなかったのは時間がなかったから」「私にはお金がなかったから」などと、自分には言い訳の材料がたっぷりある。
一方、冷静に自分を見られる人というのは、謙虚な人だから自分には欠けたことがあると思っている。そういった人は他人の話に耳を傾けるものだ。
聞くということは相手から学ぶ姿勢があるということだ。そういう人は自分のことをよく知るとともに、もっと自分を成長させたいと考えている人である。
そういう人こそ、新渡戸のいう自己を高めることのできる人である。
「昔から人生すべて塞翁が馬といったりするが、良きことでも悪しきことでも、人間の意志ではどうにもならないことが起きるのは、誰もが認める事実である」と彼は言う。
そもそも生まれたこと自体が、自分の意志ではないわけだし、親が貧乏か金持ちかも自分で選ぶことはできない。
「そこは運命として引き受けて、それを前提として自己を成長させていくこと」が真のリーダーを作っていく。
新渡戸も4歳のときに父を、19歳のときに母を亡くし、さらに、さまざまな排斥を受けた時期があった。
一流の教育者・農学者として著名な新渡戸にも、どうしようもない苦難のときはあった。予期せぬことはしばしば起こるが、彼はその中でできる限りのことをするしかないと考えた。
新渡戸は後年「仏に対してでもよいし、自分を超えた何者かに対してでもよい、そういう大きなものに対して祈る気持ちを持ちなさい」と言っている。
どんなことをしても、みんな神様は知っている。
自分が苦しんでも喜んでも天はみんな見ている。だから、新渡戸は「自分を超えた何者か」に対して祈りなさいという。
運命は神がつくったものだとすると、それを受け入れつつも、「自分はこういう人間になりたい」という強い志さえあれば、努力によって人はリーダーになれる。
厳しい出来事にあっても、それを受け止め立ち向かっていけば最後に幸せをつかめるということだ。
人生にはさまざまなことが起こるが、リーダーとは自ら運命を受け入れ粘り強く切り拓いていく人である。
目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人 23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ 24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない 佐々木のリーダー論
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