私はキングスレイ・ウォードというカナダの実業家が書いた「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」を40歳頃のとき読んでいたく感動した。
キングスレイ・ウォードは化学事業を興し成功した人だが、ビジネスマンとしての働き盛りのときに2度にわたる心臓の大手術を受け、死に直面した彼は、生きているうちに自分の様々な経験を息子に伝えたいと切実に願うようになり、息子が17歳のときから20年にわたり30通の手紙を書いた。
この書簡は、発表など考えもしなかったもので、いわば父親としての遺書代わりに書かれており、それだけに率直で心がこもっていて読む人の心を捉える。
そこには、いつも礼儀正しくふるまうこと、人に会う前はきちんと準備しておくこと、お金は大切に使うことといった細かなことから、経営者としてとるべき態度や手法、事業運営上の留意点といった大きな問題に至るまで、父親らしい愛情に満ちたアドバイスが溢れている。
私はこの本を読み、父親の息子に対する愛情の深さと、ビジネスマン、あるいはリーダーとしてあるべき心得を教えられ、それ以来、私の座右の書になった。
私は6歳で父を亡くしていたが、父親とはこれほど暖かな存在なのかと感じられたため、その衝撃はなおさら大きかった。
私はこの本を何度も読み返し、私のその後の人生の指針になったが、まさに「一人の父親は百人の教師に勝る」である。
いわば、キングスレイ・ウォードは私の父親になったようなものだった。
ウォードは息子への手紙を通して、ある意味、真のリーダーはどうあるべきかを説いている。
私が考えるリーダーの定義とは「その人といると、勇気と希望をもらえる人」であるが、ウォードはまさにそういう人になるためにはどうすればいいかを語っている。
この一連の手紙は一貫して「常識」を説いているが、その「常識」とは、リーダーとしての行うべき原理原則のことである。
この30通の手紙には、リーダーとして肝要なことが大きく二つあり、そのひとつは「礼儀正しさは最大の攻撃力である」あるいは「成功する人の共通点は規律を重んじている」という人生に対する真摯さというか基本スタンスである。
「いつも時間を守りなさい」「定刻に出社するという責任を果たせない人にどうして仕事をまかせられるか」「周りの人に対する心遣いをしなさい(ありがとう、どういたしまして)」「相手の話をよく聞きなさい、沈黙は相手の知性と考え方に対する敬意を表す」「信用は細い糸、ひとたび切れると継ぐことは不可能に近い」などといった内容で、そういった正しいマナーが人を作っていく。
自分の周りにいる人たちを大切にする、思いやることがリーダーとしてどれほど大事なことかというと、私がこのコラムで紹介してきた土光敏夫も西郷隆盛も優れたリーダーには、常に自分の周りの人たちに、深い愛情を持って接していたという事実でもわかる。
ウォードは「社員は会社の血液と同じだ」と息子に語っているが、それは社員一人ひとりが尊重され尊厳をもって個人が生きることができるようにしなさいと言うことだ。
そうした気持ちや態度で人に臨んだら、先週「7つの習慣」のコヴィーの話のとき触れた、いわば「信頼残高」を高めていくことができ、誰しもその人についていこうとする。
組織を率いるリーダーは、そういった真摯さと自制心を心の軸に持つことが求められる。
次にキングスレイ・ウォードの説くリーダーのもうひとつ大事なこと、「リーダーとは学ぶことが出来る人」ということについて触れたい。
事業経営に関する意思決定のほとんどが、幾度か繰り返されてきたもので、たいていは書物に書き記されていることは、プロのビジネスマンたちはよく知っている。
この世の中で全く新しいということはあまりなく、人の一生やビジネスは反復的な面が多い。私たちは自分ですべての過ちをする時間的余裕はなく、他人の過ちから学ばなくてはならない。
これを上手に出来る人が、優れたリーダーに育っていくとウォードは言う。
私は自分の本の中で「プアなイノベーションより優れたイミテーション」ということを書いた。この言葉の意味は、会社の中には先輩が作成した書類、先輩が経験した事例が山ほどある。
それを借用したり、人の話を聞いたりすることで、過去の優れたサンプルを仕事に生かしていくことが、大きな成果に結びつくことに繋がる。
リーダーとは他の優れた事例を効率的に身に付けていける人のことであるが、そのためにはそうしたことを学ぶ力が必要だ。
学ぶ力を得るためには、人から学ぼうとする謙虚さがいる。
この本は優れた企業経営者である父が、リーダーとはいかなるものか、息子にわかりやすく説いたもので、平易な表現でもあり、いかにも常識的なことの羅列のように見える。
しかし、常識ある人間とは、リーダーの要諦であり、孔子も「70にして心の欲するところに従っても矩を超えず」と言っている。
常識的なことを自然に行えることが、リーダーとして大切なことである。
ウォードは「二人の人間が全く同じ考えを持つことは無い。皆、生き方や考え方が違う。それを認めて経営をしなさい」と息子に言う。これは最近の言葉でいえば、ダイバーシティの考え方に立っていて、個人の個性を認め、その良いところを伸ばしていくのがリーダーの努めである。
リーダーと言うのは組織を束ねて、大きなエネルギーを起こし、結果を出していくことを求められている。
そうしたさまざまな人のさまざまな生き方、考え方を受け入れ組織として強くしていく。
また、ウォードは生活のバランスを保つ重要さも息子に教えている。
仕事に行き詰ったら、一時、心の中にその問題を預け、しばらく寝かせる。
その間に、運動したり読書をしたりすること、特に自然に接することを勧めている。自然の中で釣りをしたり狩をしたりして、時間がたてば無意識の内に考えが整理されまとまってくる。
そういう意味で、自然がこの世の中での最高顧問であると言う。
趣味や家族と楽しむ時間を持ち、生活のバランスを保っている経営者を打ち負かすことは難しい。そのような人は仕事にも合理的で、健全で、バランスの取れた姿勢で取り組むからである。
ウォードの手紙は「あとは君に任せる」という、人生の達人者の言葉で締めくくられている。
そこには「いろいろ言ったが、もう経営のことで君と話することは一切無いだろう。私には君のお母さんと、この20年間で旅行に行ったことが2回しかないので、その数字を書き換えたい。北部の湖水にはまだたくさんの魚がいて私に釣り上げてもらうのを待っている。時間が無くて思うに任せなかった本も52冊ある。私はまだまだ人生を楽しむことになるだろう」とあった。
昨今、企業経営者の中にはいつまでも会社にしがみつき、権力を手放さない人がいるが、そういう人に聞かせてあげたいリーダーの言葉である。
目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人 23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ 24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない 佐々木のリーダー論
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