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こんなリーダーになりたい

03. 上杉鷹山 背面の恐怖


かつてアメリカのケネディ大統領がインタビューで「最も尊敬する日本人は上杉鷹山」と答えたという。
上杉家は謙信を先祖とし、養子景勝のとき秀吉から会津120万石を封ぜられたが、関ヶ原で石田三成に加担したため家康に米沢30万石に減封させられた。三代目藩主の急死のドタバタで15万石になる。しかし120万石の格式と外形から抜け出せず、15万石というのに家臣の給与は13万3千石もあったという。
農民への度重なる重税が続き領民は疲弊し、江戸・大坂の商人からの借金は莫大となり上杉家は破たん寸前。そのような危急存亡のとき九代となるべく九州日向高鍋藩3万石から養子に入ったのが当時17歳の上杉治憲である。
藩の大改革に乗り出すには一人ではできない。人がいる。そこで最初に藩内でのはみだしものたち、社会悪に怒りを持っていたり相手かまわず直言する人間など骨のある数人を集めその意見を聞きながら改革に着手した。
そのとき治憲がしたことは @藩政窮迫の実態を正しく掴むこと Aその実態を全藩士に伝えること そしてB目標を設定することだった。
私はビジネスマン生活で多くの赤字の事業や会社を黒字にする仕事をしてきたが、経営者にとって最も大事なことは現実直視、すなわちなぜ赤字になったのか?問題は何か?いま何が起こっているのか?を正しく掴むことである。
経営者には決断力がいるなどというが、その前に正確な事実把握がなくてはならない。何が起こっているか、何が問題かがわかれば対応策は的確に用意できる。
そしてその次はその情報を全社員が共有することと、しかるべき目標の設定である。
治憲は率先垂範の行動に出た。自らの生活費を1500両から200両へ約8分の1にし、祝い行事の延期、衣服はすべて木綿に、食事は一汁一菜、贈答の禁止などの緊縮策を打ち出した。
彼は藩政の目的は「領民を富ませること」でそれを「愛と信頼」で展開するとし、藩の3つの壁を壊す。すなわち@制度の壁 A物理的壁 B意識「心」の壁 そのために藩を変えるとは自分を変えること、生き方を変えることとした。
これらの改革は当時の常識から考えるとあまりにドラスティックであり、米沢の重臣たちはことごとく反対した。治憲が19歳でもあり小藩からの養子であることで、重臣たちは半分侮り、藩主の言うことを聞かないどころか誤った施策であるとしてその撤回を求めた。
あまりの抵抗の大きさに彼は一時藩主を辞め、九州高鍋に帰ることも考えざるをえないほど追いつめられたが窮状の丁寧な説明と不退転の意志の強さがあったため下級藩士を中心に次第に賛同を得、改革が徐々に動きだしていく。
このとき徹底的に抵抗する7人の重臣に丁寧な説得を繰り返したものの彼らはあくまでも従わなかったため、最後は2名の切腹、残る5名の隠居・閉門の断を下した。
若くて優しいと思われていた治憲のこうしたあなどれない強さに藩士たちは心底驚く。
かつて中坊公平がリーダーたるもの部下に対しては「正面の理 側面の情 背面の恐怖」が必要と言った。つまり「部下には論理的に丁寧に説明しなさい。ときどき愛情をかけなさい。しかし言うことを聞かなければクビにしなさい」という意味であるが確かに優しさだけでは人は律しきれないのが現実だ。
米沢藩は藩士の給与を15万石の半分にし、農地を開墾し、特産物を作るなど着実に改革を進め借金の完済を果たすことになる。
35歳で隠居を願い出て名を上杉鷹山と改めるが彼の藩政改革は現在の企業改革に大きな示唆を与えてくれる格好のビジネスのケーススタディといえる。どうして米沢藩はこのような財政危機に陥ったのだろう。毎年借金を積み重ねこのままでは立ち行かなくなることは誰の目にも明らかなのにだ。
これを考えるには現在の日本を思い浮かべればよい。現在の日本の国家収入が40兆円なのに90兆円を支出する異常な状態で、毎年国の借金が膨らんでいっている。
国の借金が個人金融資産を上回ることは確実でそのことは誰でも知っている。近い将来ギリシャに起こったことが日本に起こるだろう。例えば公務員は2〜3割が職を失い、年金も大幅にカットされ、消費税は20%になり国民は塗炭の苦しみを味わうときが来る。
いずれそうなるのに野田首相が消費税を上げるといったら、小沢氏一派などは反対に回った。
「消費税を上げる前にやるべきことがある」と仰る。「無駄をカットする」というのは民主党のマニュフェストで公共事業のカットなどいろいろトライしたが財政を好転させることはできなかった。
それどころかあの大震災もあって実際の国の赤字は加速度的に増え続けている。
もはや消費増税の是非を議論しているときではない。
私はリーダーが果たすべきことは3つあると考える。まず第1が現実直視である。今何が起こっているか、今後どうなるかといった事実把握がまず第1.
その次、第2はビジョンと戦略を示すことである。何を実現しようとしているか、どう実現するかである。そして第3に必要なのは適切な組織と人事である。
一橋大学の関満博氏は地域産業振興には「ヨソモノ ワカモノ バカモノ」が必要だと看破したが変革を起こすときには岡目八目というか、違う世界の人間の視点が有効だということだ。
治憲は高鍋藩から来たというヨソモノで、19歳というワカモノで、何が何でもこの体制を変えなければという、重臣にとってはバカモノであった。そういう人こそがしがらみも無いこともあって体制の立て直しができる。
現在の日本の財政をよその国の人が聞いたら卒倒するだろう。こんな非常識なことを続けていて心配にならないのかと。
だが日本人はみなそんなことは知っている。日本がこのままいったらとんでもないことになるとなんとなくわかっている。だが聞かれるとつい「生活が困るから消費税増税は反対」といってしまう。
1951年、日本はサンフランシスコ講和条約に臨み、アメリカと日米安全保障条約を締結した。時の首相の吉田茂の判断だった。他国をさしおいてアメリカと単独講和を結ぶことには国内の反発は大きかったが、吉田は押し切った。このことがその後の日本を有利にした。
民主主義は大事な理念であるが、政治における状況判断や意思決定には高度の知力と経験がいる。優れたリーダーがそれをしなくてはならない。現在の日本では財政再建などは優れて政治家の仕事である。それがチルドレンなどという高度の知力も経験も無い人たちがウロウロするから変なことになる。
チルドレンなどが出てくる原因は政治家に優れたリーダーが少ないからだ。学識も見識も哲学も行動力もあるリーダーが多数存在していたらチルドレンなど恥ずかしくて政治の場には出てこないだろう。頼りない人物でも政治家になるから、それでは私もといって登場するのだ。


目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人
23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ
24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない
佐々木のリーダー論

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