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こんなリーダーになりたい

09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー


ハロルド・ジェニーンは1910年、米国生まれ、父は実業家であったが、土地投機で破産、16歳からニューヨーク証券取引所のボーイとして働きながらNY大学で会計を学ぶ。
’50年にエレクトロニクスの会社レイセオン社の副社長として、会社業績を飛躍的に伸ばした実績で’59年にITT(International Telephone and Telegraph)社長に就任。在任中に利益を7.6億ドルから170億ドルまで、14年半連続増益というアメリカ企業史上空前の実績を上げ「経営の鬼神」とも言われている。
2004年に「プロフェッショナル・マネージャー」を出版したが、私のように長年企業経営のスタッフの経験をしてきた人間から見ると,この本は経営の神髄を言い当てており経営論の至宝ともいえる。私にとっては、ジェニーンは、まさに「こんなリーダーになりたい」人物である。
彼の経営思想のポイントは3つある。一つ目は経営にセオリーはない、2つ目は、経営者には、顧客と社員の信頼を勝ち取る人間性が必要、3つ目は経営者は結果を出さなくてはならない、である。
まず第1の「経営にセオリーはない」ということであるが、当時、アメリカでは、例えばセオリーXとか、セオリーY、セオリーZということが言われていた。セオリーXというのはいわば性悪説で、経営には厳格な指揮命令系統がいるというもの、セオリーYは性善説で、経営の意思決定に多くの従業員を参加させるべき、セオリーZは、日本的経営を推奨するであった。
ジェニーンは現実の経営は、そのような一定の方式では運営されない、ビジネスは科学ではなく、人生同様理論で収めきれない活力溢れた流動的なものだという。
ボストン・コンサルティンググループのポートフォリオ・マネジメント戦略についても、その製品のマーケットシェアと、成長率だけで、現実の経営に当てはめてはならないと一蹴している。
私は経営戦略は、その個別の企業の持つ経営資源や環境によって変わってくるということを肌身で感じてきたので「経営にセオリーはない」というのは同感である。
よく「総花経営ではなく選択と集中」とか「プロダクトアウトではなくマーケットイン」などといわれるが、私はこのような考え方の採用には、慎重であるべきと考えている。
その事業の体質強化の努力もせず、赤字だから切り捨てるとか、消費財の会社ならマーケットインもいいが、生産財の会社なのにプロダクトアウトを止めてしまうことは、危険な考え方である。
2つ目の「経営者には人間性が必要」については、ジェニーンは経営者は、まず真摯な人間でなければならない。良い経営者の条件は、顧客と社員の信頼を勝ち取るに足る人間性であるとしている。したがって、経営者として成功するには「正直で率直でなくてはならない」という。
ジェニーンがITTに着任した時、すぐにとった行動は、まさにそうであった。経営者は言葉より態度と行為によると考えたのだ。
会社がゴールに向かってチームとして突進するとき、一体として機能させ、緊密な人間関係によって結束させたときに、はじめて真の経営が始まる。
リーダーシップは、物事を遂行するよう人々を組み合わせ、結果を得るまで止めないよう駆り立てる情念の力である。だから経営者というのは、いわば全人格的な勝負をしているのだ。
そのようなリーダーシップはなかなか伝授できない。自分の与えられたミッションの中で真摯に仕事に向き合っていく中で、自らの力で掴み取っていくものであろう。
3つ目の「経営者は結果を出さなくてはならない」ということであるがジェニーンは自分のビジネス経営論を、次のようにまとめている。
「本を読むときは、初めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれと逆で、終わりから始めて、そこへ到達するために、できる限りのことをする」
なんだかんだ言っても、会社の経営者は業績というただ一つの基準によって評価される。
そもそもジェニーンがITTの社長になったのは、その前のレイセオンの執行副社長を4年間して収益を3倍にし、株価を14ドルから65ドルにした実績を買われたからだ。
経営者は結果を出すことを求められている。
ジェニーンはITTに着任し、自分の目標を1株当たり利益を毎年10%アップすることとした。
そして会社のバランスシート、損益計算書。事業本部別・ユニット別の財務諸表や会計報告を丹念にチェックし戦略を練った。
数字は企業の健康状態を測る一種の体温計、バランスシートは会社とそのマネジメントの哲学を表現している。会社をよりよく知るためには、多くの数字を見なければならない。数字は事実を正確に伝える。その目標数字の達成は極めてハードであるが、それをクリアすることで人も組織も成長していく。数字の強いる苦行は、自由への過程である。
ジェニーンは中長期計画というものを信用しない。目の前の1年間の計画を立てるだけで、マネジメントには、なすべきことが山ほどあると考えている。
数字を分析したり、現場に足を運んだりして、事実を正しく掴んだら、とるべき対応策は自ずと現れる。
よくリーダーシップの要諦は、決断力とか大局観、洞察力などと言われるが、私はその前に大切なことは「現実把握力」だと考えている。
私は会社の中で20いくつもの赤字の会社や事業を黒字にしてきた経験があるが、そのとき最も重要なことは、何が赤字の原因か、いま現場では何が起こっているか、何が問題かを正しく掴むことである。
そのためには現場で起こっていることをタイムリーに知るシステムを作ることである。
例えば、2年で企業再建を果たした日本航空は、それまで各路線別収支が、ドンブリで1,2か月後しか出なかった方式を改め、各路線の個別のフライトの収支をすぐ把握できるようにした。大型機を予定していたら、事前に空席が多いことがわかれば、すぐもっと小さな機種に変更することで燃費も乗務員も減らせるようになったという。
事業の対象を細分化し、その小さな単位別の収支を取ることによって、採算の現実把握ができれば、適切な対応策を提示できる。
日本航空は1万6000人を削減したという。そのうち6000人は事業移管だが、1万人は解雇だった。その1万人は昨日まで働いていた人たちだ。その人たちが不要だとしたら、なぜそれまでそれだけの人たちを雇用していたのか。
現実を把握したとき、リーダーに必要なことは、それを絶対にやり抜くという決意と覚悟である。
計画や目標が的確でも、それをやり抜く実行力がなければ結果は出ない。
プロフェッショナル・マネージャーとそれ以外は態度の違いである。
経営の評価は損益計算書であり、それをみれば経営をしたか、しなかったかは、一目瞭然である。
「経営者は経営しなくてはならない」


目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人
23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ
24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない
佐々木のリーダー論

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