佐々木常夫 オフィシャルWEBサイト


コラム トップへ戻る


管理職の心構え
 
(その8)自ら箸を取れ

2023.2.9

「料理を口に運んでくれる」ほど、世の中は暇じゃない
 仕事で成果を出すためには上司が部下に成功体験を積ませる必要がありますが、それには部下が自分で動かなくてはなりません。
渋沢はこのような自分で動こうとしない人たちに対して、次のように言っています。
「仕事をしようと思うなら、自分で箸を取らなければダメだ。いくらお膳立てしてもらっても、料理を食べるかどうかは箸を取る人間の気持ち次第。料理を口に運んでくれるほど、世の中は暇ではない。
若い人の中には、やる気はあるのに頼れる人がいないとか、見てくれている人がいないと嘆く人がいる。
確かに、どんなに優秀でも才能を見出してくれる人や環境がなければ能力は発揮できない。コネのない人よりある人の方が器量を認められるチャンスが多いのも事実だ。
だが、それは能力が普通以下の人の話。本当に優れた手腕や頭脳を持っていれば世間は放っておかない。世の中は常に有能な人材を欲しがっているものだ」

「建白魔」だった若き渋沢
 渋沢は若い頃から、まさに「自ら箸を取る」人でした。
倒幕計画を断念し、京都に逃げ延びた渋沢は、一橋家の家来になることで安定した生活を得ますが、そこに安住してのほほんと過ごすようなことはありません。
渋沢の狙いは、慶喜公を立てて尊王攘夷をはかること。そのためには、一橋家により強固な経済力をつけてもらう必要があると考えます。
幕府からの資金にだけ頼っていてはいけない。少しでも収入を多くし、領地の人が豊かになるような工夫をしなければならない。そこで、商売をしていた自分の経験を生かし、何かできることをやってみようと思い立ちます。
渋沢が最初に目をつけたのは、播州内で取れる上米でした。この上米は蔵元と呼ばれる商人が大変な安価で売りさばいていたため、藩が直接管理し、灘や西宮の醸造家に売れば増収になると考えます。
次に、播州の名産である白木綿。これも農家と商人が直接やり取りしていたため、不当な値段で買い叩かれていましたが、藩が農家から適切な価格で買い上げ、まとめて江戸や大坂で売ることにしてはどうかと考えます。こうすれば、藩の増収になるだけでなく農家も助かることになるからです。
そしてもう一つが、火薬の原料となる硝石。硝石は今後必需品となると予想されることから、現在のように個人に細々とやらせるのではなく、藩で製造場を作り大々的に製造販売してはどうかと考えます。
渋沢はこれらのアイディアを慶喜に進言し、ゴーサインをもらうことに成功しますが、ここで注目すべきは、渋沢が口頭ではなく建白書という形で自分のアイディアを提案したという点です。
建白書というのは、上の位の人に対する上申書です。今でいう、企画書のようなものと考えればいいかもしれません。
どんなにいいアイディアを思いついても、口頭で直接訴えて、その場でダメだと言われればそれで終わりです。しかし、「何をやりたいのか、どうしてやりたいのか、どういうメリットがあるのか」などが詳しく書かれたものがあれば、わかりやすく、なおかつ何度でも読み返すことができる。渋沢はその効用をいち早く理解していたわけです。

渋沢はこの他にも、取引しやすい藩札(藩内で使われる紙幣)の流通の仕組みを提案するなど、多くの建白書を上申しました。その結果、勘定組頭という重要な役職を与えられ、一橋家の財政改善を委任されるという願ってもない務めを果たすことになります。
ちなみに、渋沢の「建白魔」はここだけで終わりません。フランス帰国後に勤めることになる大蔵省でも、その建白魔ぶりをいかんなく発揮することになります。




その1その2その3その4その5その6その7その8その9その10その11その12