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ビジネスマンのための論語
 
ビジネスマンのための論語(20回)

2018.1.8

子曰く、巧言令色、鮮なし仁
言葉が巧みで表情たっぷりな者に誠実な者など滅多にいない



これもまた孔子らしい考え方であるが、私はこの章句にも注意が必要だと思う。私が会社で役員になったときのことだ。
三十人ほどの役員の中で、話し方が上手で説得力がある人はそのうちの半分くらいだった。恐らく役員より下の役職では、それほど多くはいないだろう。やはり役員に選ばれるくらいの人たちだから、それなりに上手な人たちがいたわけだ。彼らのうち半分ほどは生来話し上手な人であったが、残り半分は自分の考えを的確に伝えるため、話し方について努力をしてきた人たちだった。私自身も論理的に話をすることが苦手だった。三十代の頃は、会議の前に自分の考えを一度紙に書いてみて何度も修正した上で、本番で話すように原稿を読み上げてみるということをしていた。このような用意をして会議に臨めば、割合スムースに私の意見が採用されることがあった。反対に、それほど準備せず会議の場で意見を言おうとしても、言葉がうまく出てこなかったりした。私は「良い習慣は才能を超える」と考えている。重要な会議の前にはいつも自分の考えをまとめて説得力あるストーリーを作る習慣を身に付けておけば、そうしないよりはるかに上手くいくものだ。政治家や経営者などトップに立つ人にとっては言葉が命であり、武器である。自分の考えは言葉で相手に伝えるしかないからだ。リンカーンの演説は歴史に残る格調の高いものだが、その演説の原稿は何度も自分で検証し練り上げられているために極めて論理的でありぶれない。リンカーンの偉大さや人気の源は彼の発する言葉にある。また、そのとき相手を説得するためには、時には感情を交えて丁寧に話さなくてはならない。自分の主張はパッションをもって語らないと相手の心に訴えないからだ。「巧言」はリーダーとしてあったほうがいい。。
コヴィーは、「原理原則を正しく学び、それを体得し人格に取り入れる」「人格は繰り返す行動の総計」で、その原理原則とは、誠意、謙虚、誠実、正義、忍耐、勤勉などをベースとしているという。そのうち、私的成功のために三つの習慣として、「人生の責任を引き受け主体性を発揮すること」、「自分の人生にとって何が大切か目的を持つこと」、「何が重要かを見定め重要事項を優先すること」を挙げている。生きていく上でこのような基本スタンスを自分で身に付ければ持その人の成長につながっていく。


子曰く、剛毅木訥は仁に近し


真っ正直で勇敢で質実で寡黙なのは仁に近い。孔子は見かけより精神が純粋なことのほうが大事だと考えている。私は四十代のころから、次に誰が役員になるかということに興味を持っていた。会社の中には優れた人は何人もいるが、役員になれるのはごく少数で、激戦である。役員はトップに代わって、それぞれの部門の業務に責任をもち、方針を示し実行していくわけだから、その人選についてはトップも真剣に考える。だからよほどの人でないと役員にはなれない。ところが私の予想に反して、それほど業務のスキルがあるとはいえないような人が選抜されたりすることがある。
最初のころはどうしてあの人が選ばれたのかわからないと思うことがたびたびあった。しかしよく見ると、例えばその人は決して嘘をつかない正直な人であるとか、他人を評価するのにフェアーだったり、常に自分より組織全体のことを考える謙虚な人だったりといった私欲のない真摯な人であった。そのような人材はトップにとって得難い存在である。才能ある人は、自分をPRしたり、スタンドプレーに走ったりとつい目立つようなことをしがちだ。自分を抑えて、みんなの力を結集し組織全体を強くしようと考える人は会社にとって貴重な存在である。「経営の本質は真摯さである」とドラッカーは言ったが、私は経営者にとって最も大切なことは真摯さであると思う。出世はその人の「人間性」「能力」「努力」のバロメータである。


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