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ビジネスマンのための論語
 
ビジネスマンのための論語(14回)

2017.1.9

子曰く、民の仁におけるや、水火よりも甚だし。水火は吾れ蹈みて死する者を見る。未だ仁を蹈みて死する者を見ざるなり


 人間生活にとっての思いやりの精神は、水や火よりも必要不可欠なものだ。水や火には踏み込んで死ぬ人はいるが、仁に踏み込んで死んだ人はまだ見たことがない。

 中国には古くから「陰陽五行」説があり、宇宙は陰陽二つの形態からなり、自然は水から木が生じ、木がこすれあって火が生じ、火が物を焼き尽くして土が生じ、土の中から鉱物が生じ、そこを通った雨水が豊かな水となって再び木を生じさせる―木火土金水という循環思想が信じられていた。とりわけ水と火を治めるものは国を治めるという。
 火と水は人間が生活していく上で欠かせないものだが、過多になると水害や火事などの災害をもたらす。
その点、思いやりの精神は無尽蔵だから、いくらあっても人を損なったりしない。多ければ多いほどいい。
 孔子が君子に求められる徳の中で最上位に置いているのは仁、すなわち思いやりである。
 会社で仕事をしていく上では、部下のプライベートな事情を考慮したり、仕事で悩んだり困ったりしているときに手を差し伸べてやる気持ちが大切で、そうした思いやりがあれば部下はモチベーション高く仕事に向き合える。
 以前、どこかの首相が、自分の政治信条を「友愛」と表現したことがある。私のかつての上司にも「人を思いやる気持ちで仕事をしろ」と言った人がいる。
 そう言うことは簡単だが、実行することは難しい。
 思いやるのはいいが「正しく」思いやらねばならない。
社会人になったばかりの右も左もわからない新入社員に対してはその人の自主性に任せるのではなく、基本動作が身に付くまでは厳しく教育しなければならない。
 また逆に、レベルの高い社員にはあれこれ言うのではなく自分で考えさせ自分で実行させなくてはならない。
 相手に応じた適切な対応をしないと、本当の思いやりにはならない。
 論語を読んでいつも感じるのだが、孔子の言うことは一つ一つ正しいことが多いものの、それを行うには、その人のレベルに合わせたやり方が必要なのではないか。

君子は本を務む。本立ちて道生ず


 立派な人間は根本のことを大切にする。初心を忘れぬことだ。迷いが生じたり、スランプに陥ったときは基本に還れ、根元が固まると道は自然にできる。
 孔子の高弟、有若の言葉である。小さな基本の反復と積み重ねによって高度な段階に到達する。
 別なところで孔子は、「下学して上達す」と言っているが、これは「身近なところからコツコツと学び、その積み重ねによって仕事や人生の意味をきわめよう」ということで、この章句に通ずるものがある。
 私は常々、「良い習慣は才能を超える」と考えている。少々能力がなくても良い習慣を持っている人は、確実に成長してやがて才能ある人を抜いていく。
良い習慣とは基本の考え方で、例えば仕事を始める前に計画を立てる、その仕事の重要度に応じた時間配分をする、フォローアップをする、人の話をよく聞くなどである。
 スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』という本の中に、「成功する人には原理原則がありそれを体得することが近道である」という記述がある。コヴィーは、「原理原則を正しく学び、それを体得し人格に取り入れる」「人格は繰り返す行動の総計」で、その原理原則とは、誠意、謙虚、誠実、正義、忍耐、勤勉などをベースとしているという。
 そのうち、私的成功のために三つの習慣として、「人生の責任を引き受け主体性を発揮すること」、「自分の人生にとって何が大切か目的を持つこと」、「何が重要かを見定め重要事項を優先すること」を挙げている。
 生きていく上でこのような基本スタンスを持てば、その人の支えになる。


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