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こんなリーダーになりたい

10. 孔子 70にして矩をこえず


孔子を「こんなリーダーになりたい」というコラムに登場させるのは少し違和感があるが、論語は、私が最も大きな影響を受けた本でもあるし、私の生き方の指針になった本でもあるので、あえて今回取り上げた。
孔子は今から2500年前、紀元前552年、中国中央部(今の山東省)の魯の国に生まれ、下級の役人となるが、それほどの立身出世もせず、不遇の時代が長かった。52歳の時に、今でいう司法長官になるものの、3年で失脚し、流浪の旅に出る。69歳の時、祖国に戻り、出世をあきらめ、74歳で亡くなるまで弟子たちの教育に当たった。
孔子の言葉を弟子たちがまとめたものが論語であるが、収載されている章句は500強、短いものは5文字、長くても300字、全部で1万3000余字。400字詰原稿用紙で30数枚程度というもの。
孔子の人柄と教養は評判であったし、多くの優秀な弟子たちもいたが、ほとんど出世できなかったという恵まれない人生、挫折だらけの人生であった。
それだけにその語る言葉は、自分の経験に根差した人間や社会のありようを深く捉えている。
論語というと、かなり堅いイメージをもたれているが、孔子自身は行動的で、エネルギッシュ、情熱的で、人間はこうあるべきという理想を、生涯訴え続けた正論の人だった。
孔子の歩んだ生涯はあまり記録としては残っておらず、その人となりは、論語から推察するしかない。
論語には、人生で大切なこと、仕事や社会のこと、交友、理想、学問などさまざまなことについて、鋭い洞察力で書かれており、いわば総合的人間学の書物といってよい。
また、結果より努力する過程を重んじた。しかしながら、孔子は、金持ちになることや偉くなることを否定していたわけではない。
出世というのは、企業や社会で何事かを成し遂げたいから求めるもので、出世それ自体を求めるのは本末転倒としながらも、人が讃える何かを成し遂げた結果として、手に入れる名声や財はいいことだと言っている。
要は目的と手段を取り違えてはいけないということだ。
この論語の中には、上に立つもの、すなわちリーダーは、どうあるべきかが、何度も出てくる。
まず、「君子は器ならず」とある。器というのは特定の才能のことをいうので、これは「特定なスペシャリストになるな」という意味である。つまりリーダーというのは自分がするのではなく、人にやらせる能力が重要だということ。
そして人を使う立場には、それ相応の心得がいるとして、一番大切なことは「恕」即ち「思いやり」であるという。
「一言にして以って終身これを行うべきは、其れ恕か」(生涯座右の銘にすべきものは思いやりだ)
そして、リーダーにとって、もう一つ大事なことは「言行一致」ということで人に指示している自分がそれに恥じないことをしているかどうか。できないことは言うな。「その身正しければ令せざれども行わる」(命令している人自身の主張や行動が正しければ命令しなくても人は従う)「民は信なくば立たず」(民に為政者への信がなければ立ちゆかない)
孔子はこの「思いやり」と「言行一致」をリーダーの要諦とした。
すなわち、リーダーというのは、人間として基本的な正しい考え方を持ち、それとぶれない行動をすること、そして常に、他人に対する心配りをすべきと言っている。
その内容は説得力があり、さすが中国随一の書物といえるが、これほどの思想家でも、実生活では地位を得なかったのだから、現実社会の難しさである。
孔子は優れたリーダーとして、
「君子は周して比せず」(依怙贔屓をしない)
「君子は争うところなし」(滅多に喧嘩しない)
「君子は言訥にして行に敏ならんと欲す」(能弁であるより行動が大事)
「君子は人の美を成して、人の悪を成さず」(部下の長所を伸ばし、欠点をなくす)
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」(和を尊ぶが付和雷同しない)
「君子はこれを己に求む、小人はこれを人に求む」(失敗の責任は自分で取る)
さまざまなことを指摘しているが、多くは人や組織の関係のあり方で、その関係を適切にすることが優れたリーダーだと言っている。適切な人間関係を構築していき、組織力を強める。
そのためにというか、孔子はリーダーの資質を九つの事項に集大成している。
「君子に九思あり。視るには明を思い、聴くには聡を思い、色には温を思い、貌(かたち)には恭を思い、言には忠を思い、事には敬を思い、疑わしきには問いを思い、怒りには難を思い、得(う)るを見ては義を思う」(リーダに九の心得 1.的確に見る 2.誤りなく聞く 3.表情は穏やかに 4. 品を持って 5.言ったことに責任を持つ 6.仕事に敬意を 7.疑問は聞く 8.やたらに怒らない 9.道義に反した利益の求めない)
論語を読んで当惑するのは、このように九つもの条件を示したりするところだ。
人間は神ではなく、どんな優れた人でも、ここまで兼ね備えることはできない。読む人はその中で自分の気に入ったところをピックアップすることになる。
この論語に多大の影響を受けた人物が日本にも数多くいる。私がこのコラムで紹介した中にも、渋沢栄一、広田弘毅などもそうである。
渋沢は「論語と算盤」の中で論語の考え方を使って、日本資本主義の骨格を作ったことを述べているし、広田弘毅は毎日、夥しい本を読んでも一日の終わりは、必ず論語を読んでから就寝したという。
いわば論語は、リーダーを製造する書物と言ってもいい。優れた人をますます磨き上げていくリーダー育成本である。
明治時代も、昭和も平成も、いつの時代においても普遍的なものを含んでおり、極めて実用的であるが、人間社会の本質は基本的には何も変わっていないようだ。
孔子は、人生を十全に生き切りたいという意欲を持ち、社会を良くしたいという志を強く持っていたが、そうした情熱がこの本をリーダー本にしたといえ、それがまともに伝わってくる優れた書物である。
私が論語の中で最も好きな言葉の一つは
「学びて思わざれば則ちくらし、思うて学ばざれば則ち危うし」(知識を学ぶだけで自分で考えないのは本質を掴めない 考えるだけで学ばなければひとりよがりになる)
「これを知るはこれを好むものに如かず、これを好むものはこれを楽しむものに如かず」(知っているより好きな方が 好きより楽しむ方が勝る)
「徳は弧ならず、必ず隣あり」(道義を中心にした生き方をしているものは孤立しない)
論語の面白さは多面的な解釈が出来ることでもある。


目次
01. 土光敏夫 無私の心
02. 渋沢栄一 好奇心と学ぶ力
03. 上杉鷹山 背面の恐怖
04. 西郷 隆盛 敬天愛人
05. 広田弘毅 自ら計らぬ人
06. チャーチル 英雄を支えた内助の功
07. 毛利元就 戦略とは「戦いを略す」こと
08. マザー・テレサ 最も神の近くにいる人
09. ハロルド・ジェニーン プロフェッショナルマネージャー
10. 孔子 70にして矩をこえず
11. 栗林忠道 散るぞ悲しき
12. 小倉昌男 当たり前を疑え
13. スティーブン・R・コヴィー 7つの習慣
14. 吉田松陰 現実を掴め
15. キングスレイ・ウォード 人生に真摯たれ
16. 本田宗一郎 押し寄せる感情と人間尊重
17. 徳川家康 常識人 律義者 忍耐力
18. ヴィクトール・E・フランクル 生き抜こうという勇気
19. 坂本龍馬 謙虚さゆえの自己変革
20. 浜口雄幸 男子の本懐
21. 天璋院篤姫 あなどるべからざる女性
22. 新渡戸稲造 正しいことをする人
23. セーラ・マリ・カミング 交渉力とは粘り強さ
24. エイブラハム・リンカーン 自分以外に誰もいない
佐々木のリーダー論

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