顧客視点重視で急成長する美容室 一昨年、私は横浜市の綱島というところに転居した。この街は美容室と歯医者がやたら多いと地元の人は言う。引越し早々、駅前でビラを配っていた若い女性に男性用カットもあるという美容室に誘われたので、その店を覗いてみたが一度で気に入って、以来ずっとその店に通っている。 店長の話によると供給過剰の美容室業界でそのチェーン店は全国に120店あり毎月2店づつ増え続け、今や150店、昨年はロンドンに出店し今年はニューヨークの予定という急成長ぶりである。 この会社のポリシーは「贅沢な遊び空間の提供」ということでお客を満足させる配慮が随所になされている。 男性用カットの料金システムは担当する人のレベルによってアートディレクター、サロンディレクター、スタイリストなど5段階に分かれていて、最高が6,900円、最低が2,500円であり自分の好みに応じて選べる。また、隣の人が見えにくくかつ開放的な仕切りの仕方、友人・恋人と一緒にヘアケアできるプライベートルーム、DVDやテレビが見れるプレミアセレブブース、さらに子供連れのお客のためにベビールームやチャイルドルームがあり、そこには玩具やアニメのDVD、オムツ替えシートなどが備えられている。 いわば顧客視点からの工夫というかイノベーションがその会社の急成長の原動力となっている。
サービス産業の生産性向上は喫緊の課題 日本の製造業の生産性に比較し、サービス産業の生産性は著しく劣位にある。 最近の数年間での製造業の生産性向上は年4.1%に対しサービス産業は0.8%に過ぎない。 しかしながら、サービス産業は今や日本のGDPの70%を占めており、その生産性が1%高まることは経済全体に対し、製造業1%上昇の3倍以上のインパクトを持つ。 日本では伝統的に「ものづくり」が重視されてきたし、グローバル競争の中に置かれた製造業は労働生産性の向上に傾注し、国際競争力を高め日本経済を支えてきた。
それに比べるとサービス産業は国際的な競争にさらされていない業種が多いこと、市場が特定地域に限られること、消費者に品質の情報が行き渡りにくいなどといった、サービス産業の特性がその生産性向上を難しくしてきたようである。 経済界全体としてもサービス産業の生産性向上については、製造業に比べやや軽視してきた感がある。 しかし、製造業のGDPに対するシェアは既に20%にまで下がっており、今や日本経済全体の成長率の水準はサービス産業にかかっている、と言っても過言ではない
いかにしてサービス産業の生産性向上を目指すか サービス産業の生産性向上といったとき、もちろん労働生産性に代表される効率の向上もあるが、付加価値向上、新規ビジネス創出という側面があることも見逃せない。くだんの美容室は特に顧客の満足度向上という品質の向上を通じ売上利益を享受していると言える。 冠婚葬祭事業は最近伸びているが、ある葬儀会社は生前に本人自らの葬儀を希望に応じ予約するというビジネスモデルを採用し、急成長しているとのことであった。 最近は家族が亡くなると、インターネットで検索し、価格も含め自分の希望に合った葬儀屋を選ぶ時代になっているが、葬儀の事前予約という発想は驚きであり、まさに新規ビジネスの創出である。
伝統的大企業が従来慣行を変えられない中、新たに参入した若い企業がサービスイノベーションで成功する事例が多く見られるようになってきている。 このように、これからのサービス産業はIT力や経営力で伸びる企業と、それができずに市場から姿を消していく企業とに分かれていくだろう。 また、サービス産業での生産性向上については、製造業で培った製造管理ノウハウが大いに役立つ局面がある。それに最近製造業のサービス化が進展していること、サービス産業の中の例えば事業所サービス、運輸などの業種は製造業の競争力に繋がる面もあり、お互いの強化に資するところ大である。
サービス産業の競争力強化のためには、ITの活用や経営力強化のほか、産学官の連携、科学的研究の強化、人材の育成など成すべき課題は多いが、今まで製造業に比べればその認識が少なかった分、改善の余地も大きいのではないか。というよりサービス産業の中で勝ち抜いていくためには今こそ死に物狂いで知恵を出しイノベーション(創造と革新)を起こさねばならない。 頑張れ!サービス産業!!
08年4月、新生銀行で開催された「新生・ダイバーシティシンポジウム」にパネリストの1人として出席した。(モデレーターは、NPO法人JKSKの木全ミツ理事長) 新生銀行は、行員2,350人のうち約100人が外国人、また、女性の管理職も多くダイバーシティを企業戦略に掲げている先進的企業である。 その日も冒頭、ティエリー・ ポルテ社長から「ダイバーシティをわが社の経営課題の最重要テーマのひとつとして推進していく」というスピーチがあった。
1年間育休をとった山田課長補佐 さて、パネリストはというと、カリスマコンサルタントと言われる神田昌典さん、経済産業省の山田正人さんと私の3人であった。この経産省の山田さんは最初の子どもが双子で、そのときは経産省同期入省の奥さんが育休をとり、3人目のときには自分が育休をとったというキャリア官僚である。 育休をとるまでの周囲の冷たい(?)反応、子どもを育てる苦労と楽しさ、育休中の新たな発見、そして役所仕事の大きな無駄の再認識など、ユーモアを交えてのプレゼンテーションに会場は何度も大きな笑いに包まれた。 特に役所では、「山田は子どもを生んでないのに産休をとるのか」「山田は出世をあきらめたのか」、保育園では、「お父さんは時間休をとられているのですか」「リストラされたのですか」というたぐいの対応をされたとの話は、この国の現実のレベルを物語っている。
育休後の人事評価は上げるべきでは 私自身の子どもは3人ともすべて年子だったせいもあり、育児の大変さは身に沁みている。あの当時は専業主婦といえども妻1人での育児は不可能で、私は相当程度サポートせざるを得なかった。 子どもというのは極めて理不尽な存在で、いつ何時、何をするか分からない。その辺にあるものを口に入れたり、這い回りながら段差のあるところで落ちたりして、片時も目を離せない。 昼寝をしていても何時起き出すか分からないので、ちょっとした外出も気を付けなくてはならない。 そういった意味では、育児というのは「リスク管理」と「時間管理」の高度なスキルを必要とし、1年間子どもの世話をすると、それらの能力が驚くほど磨かれることになる。 したがって、私は育休をとった人が職場に復帰したら、その人の評価を上げてはどうかと考えている。ところが世の中は良くて評価横ばい、下手をすると育休の間は会社への貢献がないのだから下げるという会社もある。 私が若いころ、職場の上司からよく「結婚して一人前、子どもができて一人前」と言われたことがある。それは必ずしも正しいとは言えないが、それでも子どもを持って親としての自覚や責任を体得したり、他人を理解できるといった側面があることも否定できない。
山田さんの職場感「なんでダラダラ働いているのか」 さて、山田さんは1年間育休をとって職場に復帰し、今でも水曜日、金曜日は定時退社している(月、火、木は奥さんの当番)。そこで見た役所の仕事のやり方への感想が面白い。「残業を当然の前提にした仕事の進め方と密度」「家庭責任を負わない者につかまる不快感」「チームワークがもたらすアンチ・ワーク・バランス」、要は一言で言うと「なんでダラダラ働いているのか」という感想と怒りである。 私が彼の上司なら、育休のときの得がたい経験と周囲の抵抗の中で自分の行き方を貫徹した勇気を大いに評価し、責任あるポストに付けたいと考えるのだが。 (注)山田正人氏には「経産省の山田課長補佐、ただいま育休中」(日経新聞社)という著書がある。